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ヨーガ禅は「幸せの近道」です。このヨーガ禅の道を、皆様とご一緒に歩んで行きたいと思います。
山口惠照(やまぐち・えしょう)
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目 的
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本会はヨーガの体操法・呼吸法・瞑想法を学びながら
その他の部門にわたっても研修します。
また広くヨーガ禅を伝え 社会に貢献することを使命としています。
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日本ヨーガ禅道友会の歩み
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| 昭和36年 (1961年) |
佐保田鶴治は伝送線の碍子を研究するために来日していたインドのクリヤンという青年から京都(裏寺町)でヨーガの手ほどきを受け、健康を確信。 友人らに乞われ、ヨーガを指導するようになり、その後研修会へと発展していく。 |
| 昭和38年 (1963年) |
2月11日、京都市伏見区の大雲寺を研修道場として「ヨーガ禅研修会」が創設さる。この日は佐保田鶴治の誕生日でもあった。 |
| 昭和39年 (1964年) |
4月「ヨーガ研修録」第一号が佐保田鶴治によって著され、発刊記念特別 研修会が大雲寺で開催される。 |
| 昭和41年 (1966年) |
「解説ヨーガスートラ」を出版。 |
| 昭和42年 (1967年) |
「ヨーガのすすめ」を出版。 6月、研修会の会場を大雲寺から戒光寺に移す。 |
| 昭和44年 (1969年) |
4月に本禅寺境内の佐保田鶴治の自宅に本部を置き、同時に名称を「日本ヨーガ・アシラム」と改める。 |
| 昭和45年 (1970年) |
佐保田鶴治、石田祐雄が上京、大講演と実技披露し、「東京ヨーガ禅会」起こる。「東京ヨーガ禅道友会」結成の基となる。 |
| 昭和48年 (1973年) |
3月「ヨーガ根本教典」の出版。 8月、京都市伏見区桃山に日本ヨーガアシラムが道友の専属道場として新築落成し、本部が移転。 10月、第1回研修会が本アシラムにて開催。 12月11日「宗教法人日本ヨーガ・アシラム」の認可が下り佐保田鶴治がヨーガ禅道友会会長となり、石田祐雄が宗教法人日本ヨーガアシラムの代表役員に就任。機関誌「ヨーガ禅・道友」創刊。 |
| 昭和50年 (1975年) |
「東京ヨーガ禅道友会」発足。 ヨーガ根本教典に通じる万人のヨーガ教本「ヨーガ入門」を池田書院より出版。2月9日NHK「宗教の時間」で「ヨーガの教え」をテーマに対談。多くの道友が芽生える。 |
| 昭和52年 (1977年) |
東京信用金庫本店大講堂にて、師の講演会を幕開けに「東京信用金庫ヨーガ禅部」が東京ヨーガ禅道友会から誕生。 11月23日佐保田鶴治の喜寿記念像除幕式。高潔なる師の理念から、20世紀に生きた一ヨーギーの象徴として、坐像制作を認める。 |
| 昭和53年 (1978年) |
3月「続ヨーガ根本教典」平河出版より刊行。これにてヨーガ四教典のサンスクリット原典からの邦訳と解説が完備される。日本における、正統ヨーガ探求と、継承のベースが確立される。 |
| 昭和55年 (1980年) |
4月、NHK京都放送局による、天竜寺平田老師との対談「ヨーガと禅」。 指導者養成の第一回特別研修と認定試験を実施。 |
| 昭和56年 (1981年) |
8月新たに合格者23名にヨーガ禅道友会教師を委嘱、併せて43名の委嘱となる。 |
| 昭和57年 (1982年) |
昭和57年4月5日〜6月28日3ヶ月間のNHKテレビ趣味講座「初歩のヨーガ」放映。全国に、20万人以上の聴取者がヨーガ禅を知る。 |
| 昭和60年 (1985年) |
第一回教師会を開催。 |
| 昭和61年 (1986年) |
恩師佐保田鶴治ご遷化。日乗聖人とおくりなされる。 石田祐雄が代表幹事として会を引き継ぐ《平成3年(1991年)後継会長に》。 |
| 昭和62年 (1987年) |
山口恵照が教師会代表に就任。 |
| 昭和63年 (1988年) |
インド・ガンガーにて、100人の教え子が参加してプージャを行う。 同年、道友誌30号記念号を発行。 |
| 平成7年 (1995年) |
「日本ヨーガ・アシラム」が改築され「日本ヨーガ禅道院」に。 |
| 平成11年 (1999年) |
2月11日、4月22日関西(京都)と関東(東京)にて恩師ご生誕100年祭を催し、1000
人が集う。 「ヨーガ入門」復刊のための“ヨーガ入門プロジェクト”結成。 |
| 平成12年 (2000年) |
道友誌50号記念号を発行。 |
| 平成13年 (2001年) |
「ヨーガ入門」をベースボールマガジン社より復刊。 |
| 平成14年 (2002年) |
1月1日、山口惠照が日本ヨーガ禅道友会代表に就任。 |
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[入会の申し込み、会費などに関する問い合わせ先]
-日本ヨーガ禅道友会事務局まで- 〒614-8346 京都府八幡市橋本塩釜5−11
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